ロード・オブ・ザ・リング
ずっと黙っていたのですが、先日結婚指輪を無くしました。
仕事から帰ってくるといつも、鍵入れのところにちょりんって一緒に入れておくんです。
休み明け、出勤するときに指輪をはめようと思ったら、ないんです。
鍵入れのところにないんです。結婚指輪。
焦ったね。
信じられなかったね。
ないんだもの。結婚指輪。
探しましたよ。朝の慌ただしい時間に精一杯。
でも見つかりませんでした。
家を出る時間がいつもより10分くらい送れて、遅刻するかと思いました。
出勤してからもずっと指輪のことを考えていました。涙がでそうになりながら。
すこし前のことなのに衝撃的すぎて鮮明に思い出せます。忘れっぽい僕が、ですよ。どれ程の衝撃だったのか想像に難くないことでしょう。
指輪を無くしたショックでミスをしないようにって思ってたのに、出先で必要なものを会社に置いてきちゃうくらいの動転っぷり。
その日僕は家に帰ってきて泣きました。彼女の顔を見たら我慢できませんでした。
彼女への申し訳無さと指輪を失ってしまった悲しみと、己の愚かさを悔いる涙でした。
指輪は泣いても出てこないので、朝出す予定だったゴミ袋の中身を確認することにしました。ゴミの中に紛れているのではないかという彼女の推理があったためです。
中身をすべて出して確認してみましたが、指輪は出てきませんでした。
この作業は徒労に終わってしまったわけですが、それを提案してくれた彼女には感謝しかありませんでした。少なくとも捨ててしまってはいないという確証を得ることができたのですから。
指輪を入れていた鍵入れ付近も何度も探しました。
ないのです。
どこを探しても見つからないのです。
諦めようとしても諦められるものじゃありません。ただの指輪じゃないんです。結婚指輪なんです。僕と彼女の思い出がそこに宿っているんです。
もちろん金額的な部分も問題でした。
無くしてしまったのなら新しいものを買えばいいじゃない、と簡単にはいきません。
指輪を失ってしまった僕は、体の一部が欠けてしまったような気持ちになりました。
それから数日は、同じ場所を探しては「ないなあ、指輪ないなあ」と呟く作業を繰り返していました。
この事件は僕のメンタルに大きな影響を及ぼしました。ふとした瞬間に指輪のことが思い出され、深い悲しみが襲って来るのです。これは指輪が見つからない限り永遠に繰り返される苦痛のように思われました。
それだけだったらまだ良かったのです。
次第にアンラッキーなことが起こるようになってきました。
進めていた仕事がうまくいかなくなったり、大クレームが来たり、健康診断の結果が激悪だったり。
全部指輪を無くしたからじゃないかって考えてしまうのです。
まあ、指輪を無くした時点で既にツイてなかったんでしょうけどね。
いいことがあると考え方もポジティブになっていいことを呼び込む感じがしますが、逆もまた然りなわけで。
非常に良くない流れに飲まれてしまっている感覚。
そこから抜け出すには強制的に良いことや楽しいことを発生させなくてはいけない、と思いました。
そして今日。待ちに待った休日です。
彼女と一緒にスーツを買いに行くことにしました。
ぱーっとお金を使うと良い運気が舞い込んでくるかもしれません。
気にはなっていたけど初めて行くお店で、オーダースーツを作ってくれるところ。
不安ばかりが先行して全然気乗りしなかったのですが、接客の上手な店員さんのおかげで楽しく選べて大満足でした。
出来上がりは来月なので楽しみに待つことにします。
帰り道、ふと目に入ったインテリアショップに行ってみることにしました。そこで彼女用の枕を購入。頭痛や肩首のコリに苦しむ彼女のために買ってあげたいなあって思っていたので、いいものが見つかって良かったです。
その後、彼女のリクエストで100円ショップにも立ち寄りました。お目当ての商品は2色展開されているうちの欲しい方じゃないやつ(黒色)しかなかったので諦め、そば猪口を購入しました。今までちょうど良い大きさのそばつゆを入れる器がなかったので、良い買い物ができました。
せっかく買ったそば猪口が割れてはいけませんよね。僕はこういうとき、大失敗して割りかねない男です。
車に戻って後部座席に優しく置こうとしました。
その時、見つけてしまったのです。
この約二週間探し求めていたものを。
銀色に輝くリングを。
結婚指輪を。
思わず、彼女を呼びました。
歓喜の瞬間です。
この時の映像があれば、なにか壮大なBGMをつけて保存しておきたいです。
彼女と一緒に大喜びしながら、なんでここにあるの?という疑問が湧いてきました。
車の中で外した可能性はないし、外した状態で車に持っていったはずもありません。
ここにある理由が分からないのです。
神隠しに遭っていた指輪が、ひょこっと現れた感じなのです。
一番ありそうな説としては、車の鍵に付けているキーホルダーにうまいこと引っかかった指輪が後部座席に荷物を積み込んでいる衝撃でポロッとして、不時着したというもの。
でも僕車の中探した気がするんですよね。
異次元空間に迷い込んでいたのかなあ~。
出てきてくれてありがとう!本当にありがとう!
よかった!よかった!!
よかったー!!!!
今までの良くなかったこと全部吹き飛びました。
指輪が見つかった瞬間、ラッキーとアンラッキーのスイッチが切り替わった音が聞こえました。まじで。
全能感に包まれました。
サイコロを振ればすべて出したい目が出るような、ゴミを丸めて適当にポイってしたら気持ちいいくらいきれいにゴミ箱に入るような。
100円ショップに無かったお目当ての色違いの商品。他の100円ショップに行けば確実にあると思いました。
だって指輪を見つけた僕は全能だから。あの時はそう本気で思ってました。今思うと頭おかしいですが、ハイになっておりましたので。
でもそれくらい、そう思ってもおかしくないくらい、指輪を見つけた喜びが大きかったのです。
そして最高にハイな僕の予想通り、次の100円ショップでお目当ての商品を見つけました。
お目当ての商品(白色)を前にして、僕はやっぱりねと呟きました。指輪の力は偉大だと。
こうして僕の指輪を巡る物語は終わりを迎えたのでした。
本当に良かったです。生涯の相棒を失ったような気持ちから復活しました。
ここから始まる僕のハッピーライフにご期待下さい。
おわり。