かばのにおい

「彼女」について綴るための場所。非常に私的な内容となりますのでご了承ください。

仏との会食

 今日はお休みだった。

 彼女は仕事だったのでいってらっしゃーいなんて連絡を取り、送り出した。

 彼女が仕事に行った後、僕は出掛けようかだらだらしようか迷った。今日は夜に食事の約束があるのだ。しばらく悩んで、二回でかけるのもなーって思ってやめた。

 食事の約束というのは、僕と彼女と、以前一緒に働いていた上司とその奥さんの四人。詳しい事情は省くけれども、上司の奥さんとの交流もわりとあって、このメンバーでの食事というのは違和感なく計画された。

 この上司のことは便宜上、仏と呼ぶ。ブッダでもいいけど仏さんのほうが、いや仏さんだと亡くなった人みたいか。ブッダさんと呼ぼう。

 ブッダさんはその名の通り仏のような人で、いつも穏やかな口調と波風立てない立ち回りで信頼を得ていた。僕と彼女からの信頼も厚い人だ。

 奥さんもとてもいい人。しっかりしているし、愛想も良い。良いご夫婦だなあって感じ。

 で、彼女と奥さんがご飯行きましょうっていう話になっていて、僕もおまけでご一緒させてもらえた。

 仕事終わりの彼女を迎えに行って、約束の時間まで余裕があった僕たちは、100円ショップで時間を潰すことにした。あれやこれやと見て回り、僕はちいさな鉱石が売られていることに興奮して三つくらい持ってこれ買う!とはしゃいだ。彼女は僕を冷ややかな目で見ることもなく、買うことを許可してくれた。優しい。その後、彼女が僕がハンコを欲しがっていたことを思い出して、買ったら?と提案してくれた。自分の名字を探していると、隣にハンコ付きのボールペンがあるのに彼女が気づいた。すげえ!こっちを買おう!ってまた僕ははしゃいだ。

 僕はブッダさんも欲しいかも!っておみやげに買おうかって彼女に提案したんだけど、いらないでしょと却下された。

 まだ時間があったのでその後も店内を見て回っていると、見知った姿を見かけ、僕が「あっ」と声を出した。前を歩いていた彼女もえ?って感じで振り返る。僕の目線の先にはブッダさんがいた。ブッダさんもこちらに気づき、あれ?みたいな顔をする。

 ブッダ夫妻もここで時間を潰していたのだ。奇遇過ぎる。

 僕がハンコ付きボールペンを買うことを彼女が伝えると、ブッダさんは思った以上に食いついてきて、欲しいと思ってたんだーと同じものを購入。やっぱりほしかったんだ!って僕はちょっと得意げ。結局彼女も買っとこうって言って、みんなお揃いのボールペンを買うことにした。楽しい。

 時間が近づいてきたのでお店に向かい、席に案内される。

 当然ブッダ夫妻が隣同士に座って、僕らがその対面に座るものだと思っていたら、彼女の隣に奥さんが座り、僕とブッダさんが隣同士になった。僕は彼女の隣に座れるものだと思っていたので意表を突かれて一瞬だけ「あれ?」って思った。ちょっと残念だなーって思いながら対面側に座った。彼女も当然ご夫婦で座るものだと思っていたみたいだけど、隣に奥さんが座ってくれたのはそれはそれで嬉しかったって言ってた。確かに心の距離とかあったら隣には座らないもんね。彼女と話したいって思ってたんだろうなって感じた。

 仕事の話というよりも、職場の面白い人とか困った人の話でだいぶ盛り上がって食事も会話もかなりすすんだ。

 話をしていて思ったのが、ブッダさんも奥さんも非常に話しやすい相手だってこと。こちらが話している時には聞く姿勢を持ってくれて、伝えたいこととか言葉の意味というのをきちんと理解してくれているなって感じる。リアクションも凄くいい。僕と彼女の会話でものすごく笑ってくれていた。

 彼女の話を聞いている奥さんのリアクションとか意見が的確で、普段こうやって聞いてくれる人がいたら彼女も楽だろうなあって思った。普段が話聞けないやつとか意図が伝わらないやつばっかりで苦労しているから。

 ブッダ夫妻相手なら本当に言いたいことだけ言っていればいいって感じで楽だった。分かりやすく噛み砕く必要も、脱線覚悟で補足を入れることもほとんど必要なかった。

 だいぶ話が盛り上がって、調子が出てきた僕たちはブッダさんに聞いて欲しかった本題というか愚痴に話題をシフトしていった。僕と彼女で申し合わせたわけではないんだけど、二人ともこの話は慎重にしなければいけないという認識だった。

 なんの話かというと、今の職場の頂点に立つ上司、チンピラについての話。

 彼がどんなに酷いか、どんなに仕事ができないか、どんなに人としてダメかっていうのを、ブッダさんにどうしても伝えておきたいと思っていたのだ。

 ただ、ひとつ間違えれば部下である僕たちが単にチンピラのことが嫌いだから悪口を言っているだけ、と認識されるかもしれない。だから僕と彼女はタイミングを見計らっていたのだ。

 こんなことがあった、こんな事件が起こったっていう話を徐々にしていくと、最初は笑って聞いていたブッダさんが次第に険しい表情になってきた。どうやら僕たちの言いたいことはきちんと伝わって、今の状態がどれだけ酷いかを認識してもらえたという実感が湧いた。

 最初は事実だけを淡々と伝えるつもりだったんだけど、僕は結構自分で思っていたよりもストレス溜まっていたらしくて後半は完全に愚痴になってたなあって思う。お陰で凄くすっきりはしたんだけどね。

 きっと彼女も伝えたいことをちゃんと言えて、ブッダさんと奥さんがその話を聞いて、それは酷いと理解してくれたからすっきりしたと思う。

 話をしたからといって現状が改善されるわけではないけど、孤立無援状態の僕と彼女にとって信頼しているブッダさんが理解してくれているっていうのはとっても心強いことだ。

 全体を通して話がすごく盛り上がって、気づいたら6時間くらい話し続けていた。時間もだいぶ遅くなってしまって申し訳なく思ったけど、ご夫妻はふたりとも「え?もうこんな時間!?」ってびっくりしていたので、それくらい楽しく会話してくれていたのかなと思うと嬉しくなった。僕も彼女もそういうところ気にするので、二人のリアクションがびっくり!って感じで安心。

 またご飯行きましょうーって感じで解散したあと、帰りの車内で彼女とブッダ夫妻を褒めまくって、メンツが良いと凄く楽しいねって話をした。誰かが嫌な気分になることも、気を遣い過ぎることもなく、凄くいい感じだった。

 今日の食事を計画してくれて本当に良かったなあって思った。

 明日仕事で憂鬱だけど、少し晴れやかな気分。たくさん愚痴れてよかった。