かばのにおい

「彼女」について綴るための場所。非常に私的な内容となりますのでご了承ください。

お誕生日~当日編~

 準備を完了した僕は、まだ不安や恐怖が取り除けずにいた。

 当日彼女がケーキを食べたくないと言ったら。お昼に何か別のものを食べたいと言ったら。行きたいところがあったら。やりたいことがあったら。いろんな可能性を考えて、それに対する対応策を練った。

 きっと彼女は僕に全てを委ねてくれるだろうっていう思いもあった。去年がそうだったから。

 でも彼女に希望があったらいけないって思って、それを確認しないと心配で眠れなさそうだったので、行きたいところとやりたいことがないかだけ聞いてしまった。聞かないほうがよかったかなあって思いつつ。

 彼女からは「ない」との返答だったので、ならばやはり僕の思い通りにしなさいということなのだろうと思った。

 ケーキにはプレートを付けたかったので、事前にお店に連絡をしておきたかったが、何時に行けるかわからない。彼女の準備が終わる時間がいつになるか不確定だったし、お昼ごはんを食べたら遅くなるだろうし、そもそも冒頭で述べたようにケーキいらないっていう可能性もゼロではなかった。あらゆる状態に備え、お店への連絡は当日ぎりぎりにしようって決めた。

 そして当日。僕は少し早起きをして車を洗った。めっちゃ汚かったからね。彼女と素敵なお出かけに行くのに車がこんなに汚くちゃよくないって思ったから。お祝いするんだからきちっとしとかないと。やる気を出して一時間掛からないくらいで洗車を終えてちょっと休憩。その頃には彼女も起きて支度を始めてくれていた。ただここで甥っ子に会いにおじいちゃんおばあちゃんの訪問というイベントが起こり、おそらくこれによって多少の遅延が発生することが見込まれた。

 そのイベントに前後して、僕はお店に電話を掛けた。店頭で選んだケーキにお誕生日おめでとうのプレートつけてもらえるかっていう確認をするために。ケーキを店頭で選んで、プレートを付けてくださいって言ったら付けてくれるのかな?っていうのが僕の心配事だった。いきなり言われても準備できませんってお断りされたら大失敗となる。

 確認の結果、店頭で言っても付けてもらえるという感じではあったが、事前に連絡して頂いたほうが用意しておけるので…的なことを言われた。まあそりゃあそうだ。でもとりあえず行ってから頼んでも大丈夫という事実が僕を安心させてくれた。

 準備を整えた僕は、給料日だったのでお金を下ろす、ガソリンを入れるという用事を先に済ませておこうと思った。加えて出掛ける時にそうだ!と思いついた。彼女の好きな漫画の発売日が今日だから、彼女を迎えに行く前に買って行ったらきっと喜んでくれる!って。

 彼女の支度が終わるまでどの程度の余裕があるか分からなかったので、とにかくてきぱきと動き、できるだけ素早く個々の用事を済ませることにした。

 お金を下ろし、本屋さんへ向かう。新刊コーナーを見るが見つけられない。ここは品揃えがあまり良くない本屋さんなのでもしかしたら置いていないのかもと考えた。このまま時間を掛けて探す事によるタイムロスを懸念した僕は次の目的であるガソリン給油を済ませ別の本屋さんに行くことにした。

 この頃には彼女の支度が終わりそうな雰囲気がなんとなく伝わってきて、僕は結構焦っていた。ここまできたら漫画を手に入れずには彼女に会えないくらいに思っていた。もう一つの本屋さんに行って新刊コーナーを探してみても見つからない。僕はもう他の本屋さんに行くこともできないし、彼女の支度も終わりかけだしってことで、漫画買っていこうと思ったけど見つからない!って情けない連絡を彼女にした。直後、思い直して自分の探し方が悪いのかもしれない、店員さんに聞いてみようって勇気を振り絞った。自分のためだったら絶対に店員さんになんて聞かないけど、彼女の喜ぶ顔が見たくてかなり気合を入れた。

 結果、僕の探していた場所ではない新刊コーナーに目的の漫画は置かれていて、手に入れることができた。店員さんに聞いて正解。先に聞けばよかったって思った。まったくいつもそう。

 僕はご機嫌で彼女の家に向かった。

 彼女が車に乗ってくるなり僕はさっと漫画を差し出す。すると彼女は「なかったんじゃなかったの?」ってちょっとびっくりしながら喜んでくれた。嬉しかった。頑張ったのが報われた気持ち。

 そこからコンビニへ向かい、飲み物を買うことにした。お昼ごはんの話になって、僕がケーキ食べる?と聞くと彼女は僕に任せるって言ってくれた。そうなるとやっぱり電話でプレートを用意しておいてくださいってお願いしておくのがいいかなって思った。行って、ケーキを選んで、すいませんお誕生日おめでとうっていうプレートを付けてくださいなんてまごまごやっている姿は全くスマートじゃない。せっかくお祝いするんだからそこら辺はスムーズに済ませておきたかった。ちょうど良く僕はお腹が痛くなった。多分考えすぎたストレスのせいもあったかもしれない。彼女に断ってトイレに行き、ついでに再びお店に連絡をした。プレートを用意しておくのは快諾してもらえた。何時くらいにご来店いただけますかというような事を聞かれ、一時間後と答えたものの、果たして本当に一時間後につけるのか不安で、もう少し遅くなるかもって言った。そしたらこちらも用意があるので一時間後にお願いしたいみたいなことを言われてちょっとげんなりした。

 電話口の人は嫌な感じの男だったが、とりあえず事前の準備は整った。あとはお店に無事到着すれば良い。順調に車を走らせれば一時間後には着くはずだった。

 僕は時間に余裕がなくなると、気持ちにも余裕がなくなっちゃうから、なるべくそのことを表に出さないように気をつけた。焦ってたら彼女も嫌な気持ちになるかもしれないし、僕が予約したことを悟られてしまう危険性もあったから。

 ここでいい仕事をしてくれたのが僕の買ってきた漫画。彼女はそれを読んでいてくれたので、序盤の余裕のない状態の僕をあまり悟られずに車を走らせることができた。目的地が近づくにつれ、予定の時刻よりも少し余裕を持って到着できることがわかってきた。その頃には彼女は漫画を読み終え、僕の心にも余裕が生まれ、楽しく会話しながらドライブができた。

 どこにいくのか、なにをするのかをまったく彼女に伝えないまま目的地へ到着。彼女が分かっていたことと言えば、ケーキを食べるのだろうということくらいだったと思う。

 到着したお店はなかなかいい雰囲気だったが、春休みシーズンということもあってなかなか混雑していた。そんなに有名なところではないと思っていたので油断していたが、思った以上の混み具合。

 ケーキを選び、連絡しておいたことを告げ、用意をしてもらう。彼女が予約してたの?って言っていたから気付かれてなかったー!って安心した。そこで、うんって言った僕はちょっとドヤ顔だったかもしれない。

 おたんじょうびおめでとうと書かれたプレートがのったケーキを彼女が美味しそうにたべてくれて、僕はその姿を見ることができて本当に嬉しかった。人が多くて落ち着けなかったのが少し残念だった。

 併設された雑貨屋さんもぐるっと見て回って、そこのお店の全体的な雰囲気の良さを感じながら僕たちは車へ戻ってきた。

 思ったよりも小さいところで、僕はもう少し長い時間過ごすことになるかなと考えていたのだけど、一時間くらいの滞在だった。

 僕が全力で考えたプランはここで終了。その後はショッピングモールにお買い物に行ったらいいかな、くらいに考えていた。

 彼女はそれに賛成してくれて、最近行っていなかったショッピングモールへ向かう。

 今日は服を見たい気分だという彼女と一緒にぐるぐるとお店をめぐり、雑貨や文房具を売っているお店で素敵な便箋を見つけてテンションの上がる彼女を見て、その便箋を買ってあげた。どうしてか良く分からないんだけど、いつもよりも彼女と服や雑貨を見るのが楽しくて、うきうきした。

 お店を見て回っている最中に彼女が、お財布欲しいなあって言っていて、僕は心のなかであるよ!あるよ!って思った。どうやらその時、彼女が買うって言い出さないか心配した僕の表情を彼女が読み取っていたらしく、お財布を渡した時に「お財布欲しいって言った時に変な顔してたもんね」と言われてしまった。僕のバカ。

 給料日+お誕生日ってことで僕も彼女もお財布の紐がかなりゆるくなってた。僕は彼女になにか買ってあげたくてしかたなかったし、彼女も自分の為になにか買いたいっていう気持ちだった。

 ついでに今度辞めてしまう方へのプレゼントを探すというミッションと、今度友人の新居におじゃまする時に持っていく手土産を買うというミッションもあって、色々探しまわったけど結局いいものが見つからず、まだ時間もあるからということで別のショッピングモールへ行ってみることにした。

 二つ目のショッピングモールへ行く前に、プレゼントを渡すことに。ムードとかなんもないけど、次のショッピングモールで素敵なお財布に出会ってしまったらどうしようって思ったのと、早く渡して喜んでもらいたいというのと、喜んでもらえなかったらどうしようっていう不安も払拭しておきたいという気持ちがあった。

 プレゼントを渡した直後の彼女はわぁ!ってなってその後は大きなリアクションもなく、淡々と包装を解いていった。包装された状態の時点で彼女には中身が何か伝わっていたからね。

 彼女はありがとうって言ってくれて喜んでもらえたようだったけど、いつの時もプレゼントしたあとって不安になる。本当に喜んでくれてる?喜んだフリしてくれてるだけ?って。次のショッピングモールへ向かいながら、僕がどんな感じでプレゼントを用意して、今日渡すに至ったかという話をしていると、それに対して彼女がどう感じたかというのがこちらに伝わってきて、きっと喜んでくれたんだなって安心することができた。

 なんと彼女は少し前に、僕が今日あげたお財布をブランドのサイトに行って見ていたらしく、かえるとしたらこのお財布だなって思っていたらしい。それを聞いた時に嬉しくなったのと同時に安心した。ドキドキしながら用意してよかったなあって。

 そんなお話をしながら、渋滞を避けて順調にショッピングモールへ到着。

 こちらのショッピングモールではプレゼントに最適な商品を扱うお店に心当たりがあるらしく、そこで手土産は調達することにして、他のお店でも良いプレゼントが無いか探すことにした。

 ショッピングモールニ店舗目ともなるとふたりとも歩き疲れてきた。さらーっとお店を見て回り、時間も結構経っていたので、最後に心当たりのお店でお買い物をした。プレゼント用にラッピングを頼んだのだけれど、どうやらお忙しいようで30分くらい時間をみてほしいと言われてしまった。

 こんなことなら先に寄っとけばよかったねごめんねと謝ってくれる彼女。彼女は悪くない。ただ今からすぐショッピングモールを出て夕食に行くという予定を立てていた僕は、急遽予定の練り直しをすることになってちょっとだけ困っていた。柔軟な思考をするために必要な体力が失われつつあった。朝早起きして車洗わなきゃよかったって思った。

 まだ見ていないお店を見て回って時間を潰したあと、無事ラッピングを終えた商品を受け取り、帰り際にドーナツを買った。

 この後焼肉を食べに行くことになっていたのだが、焼肉を食べたあとにきっと甘いものが食べたくなるだろうという判断。

 帰らなければいけない時間も考えて、あんまり余裕ないなあと思っていたのだが意外と移動がスムーズで、想定していた時間の半分くらいで焼肉屋さんに着いた。

 疲労感はあったけれど、お肉を食べると元気が出る。

 焼肉を食べようっていうのも前日くらいに計画していた。去年の誕生日も焼き肉を食べたのだけれど、焼肉は被ってもいいやって思った。なかなか食べられるものじゃないし。お高いからね!

 あとね、僕は彼女にお肉を焼いてあげたかった。焼いてあげるの好きだから。

 お腹がちょうどいい具合になるまでお肉をたっぷりたべて、満足した僕たちは少し寄り道をして買っておいたドーナツを食べることにした。でもおなかいっぱいでひとつ食べるのがやっと。2つずつ買ったことをちょっと後悔した。

 いつもは日付が変わる前には帰っているのだけど、今日はきっと彼女が誕生日当日に誕生日をお祝いしたいと駄々をこねた僕に最大限気を遣ってくれて、日付が変わった時も一緒にいてくれた。だから僕が誰よりも早く彼女におめでとうを言えた。小さいことにこだわっているって思われるかもしれないけど、僕にとってすごく大事で、これが言えたことがすごく嬉しかった。

 彼女を家まで送って今日のお出かけ終了。

 家に帰ってきて、彼女の誕生日をお祝いするために全力を尽くせたって思えた。いっぱい考えて準備して悩んだ意味はあったと思う。彼女にとって物足りない部分とか、嫌な部分とかあったかもしれなくて、それはきっと考えればたくさん出てくるはずだけどね。

 今できる限りのことをしてあげられたと思ってはいるけれど、それは今この時点でということであって、また次彼女になにかしてあげるときは今回を越えられるように頑張りたいと思う。

 彼女にたくさん喜んでもらいたいし、幸せを感じてもらいたい。

 お誕生日おめでとう。